『走れメロス』は走らない。

『走れメロス』をひとり芝居にしようと決めてから、どうやって走ろうかと、あれこれとくだらないことを考えていた。
新型コロナウィルスが蔓延するもっと前のことである。

上演アイデア

案①
メロスが実際に街を走り、お客様は伴走しながら観劇するランニング演劇。

案②
メロスは舞台上からカメラマンと共に、外へ飛び出し、街を駆け抜ける姿をスクリーン越しに観劇し、最後、帰って来るメロスを劇場で待ち受けるオリンピック演劇。

案③
メロスは舞台上をぐるぐると円を描きながら走る続けるハムスターの回し車演劇。

案④
走るだけではなく、タクシー、飛行機、バス、ロケットとあらゆる乗り物を乗り継ぐ様を体で演じるパントマイム演劇。

などなど。

そして、メロス役を渡辺さんにお願いしてから、ふと思った。
渡辺さんは、健脚っていうイメージじゃないかも…。

『走れメロス』は走らない。

そうだ、『走れメロス』は走らない。

少し想像して欲しい。
例えば、家族でドライブに出かけたとする。
運転するのは、お父さん。助手席にはお母さん。後部座席には子供たち。
久しぶりの運転で、お父さんは道に迷ってしまいます。
それを見かねたお母さんが、そこを曲がって、そこは真っ直ぐと、お父さんに口やかましく、指示を飛ばします。
なんとか目的地にたどりついた頃には、なぜかへとへとのお母さん。
運転していたのは、確かにお父さんだが、お母さんも走っていたのではなかろうか。

こんなことはたくさんあって、車窓に流れていく景色を飽きずに眺めている子供たちや、流麗なギターソロに耳を傾けているロック少年や、告白の前にどきどきしている人たちなど。
実際に足が動いていなくても、心が走っていることはいくらでもある。
そして、私がやっているのは演劇である。
そうだ、お客様の心の中でメロスが走っていれば、それでいいのだ。

今回のメロスは走りません。
途中であきらめたり、休んだり、愚痴をいったり、弱音を吐いたり。
でも、そのほうが人間臭いし、そんなメロスを好きになって欲しいなと思いつつ、
今回の作品を作っています。

新型コロナウィルスの感染者が増えており、予断を許さない状況ですが、会場でお客様にお会いできることを願いながら、今日一日の大切さを嚙みしめつつ、作品づくりを進めています。
新型コロナウィルスのような感染症は、確かに演劇の敵かもしれませんが、こんな時だからこそ、出来る表現もあると、私は思っています。

あと数日で本番です。
どうぞ楽しみにお待ちください。

斉木和洋

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